名古屋第2部

まずはミスターSMCに。
夢は、社長になることです。

S-Leaguer 03 ★ T.K.
(2017年11月取材)

Self-Introduction

1985年、中国・吉林省で生まれました。2005年、20歳のときに留学目的で来日し、日本語学校、そして情報系専門学校を経て2009年、SMCに入社しました。内定を機に地元の同級生にプロポーズ、日本に招き共働き夫婦として現在に至っています。

日本には親の勧めから。

私は高校まで地元吉林省で過ごし、祖母と暮らしていました。当時、両親は日本で事業を行なっており、進学に際し日本に留学することを勧められました。両親は20年近く日本で生活していましたので、地元に戻った今も日本での良き暮らしを偲んでいるようです。最初の留学先は新潟でしたが、1年半後、IT系の仕事に就くことを視野に入れ、両親の住む名古屋の情報系の専門学校に進学しました。就職に関しては将来地元中国に戻るにせよ、まずはIT先進国の日本で働いてみたいと考えていました。

当社との出会いは運命の赤い糸?

私が就職活動した2008年の秋は、リーマン・ショックが起きた直後で、日本経済ひいては国内企業の採用活動が一気に萎んだ時期でした。中国人である私が就職先を選ぶという状況にはなかったわけで、理由はわかりませんがSMCが私を選んでくださったということになります。後で伺った話ですが、面接官であった入社後の上司(役員)が私を推してくださったとのこと。入社後も何かとご指導に預かることになるこの上司は私にとっては運命の人です。

上流工程のプロジェクトで鍛えられる。

入社後は、テスト要員からスタートし社会人のイロハ、そしてSEとしての基礎、そしてビジネスレベルの日本語を学びました。2年目になると、上司の指導の下、上流工程の業務に参画しました。ここではエンドユーザーとの打ち合わせや、フレームワークを担当するなど、徐々にチームの中心的な立場を任せていただきました。5年目になると、正式にプロジェクトリーダー(PL)となり、タスク管理やコスト管理などマネジメント業務にシフトしました。現在もPLとしてプロジェクトのマネジメントに従事し、品質の高い成果物の提供と売上・利益目標の達成に向け、邁進しています。

将来はトップを目指す。

自分は昇れるところまで昇りつめたいと思います。つまり会社のトップを目指すということです。自ら会社を興すという選択が無いわけではありませんが、私はどちらかと言えば。ゼロから立ち上げるタイプではありません。組織において、自分の右腕、左腕になる後輩を選抜し、育て、自分のチームをしっかり作っていく、そういうやり方が合っていると思います。そうすることで、結果としてSMC総体の組織力も向上するはずです。今後は、東京、札幌で頭角を現すライバルと切磋琢磨し、次代を担うキーマンのネットワーク、コミュニティづくりにも貢献したいと思います。